Wake me up!
~わたしたちの挑戦~
テーマ
高校生主体で企画運営する街おこしイベントを、地元の高校生たちが悩み、成長しながら、成功に導く。
登場人物
◆森山(もりやま) あかり(16)…高校二年生。真面目で優しい性格だが、緊張症なことが災いし、クラスに馴染めていない。ひとり親の母に心配をかけたくないと、誰にも悩みを打ち明けられずにいる。
◆水野(みずの) 秀一(しゅういち)(17)…高校三年生。リーダー気質の優等生だが、物言いのきつい面もある。離婚を決めそれぞれの道を歩む両親に、地元の思い出を残したいと思っている。
◆その他、実行委員会の高校生
・原島(はらしま) 千鶴(ちづる)(16)…おしゃれ好きのJK。校則違反のメイクは大事なアイデンティティ。
・相川(あいかわ) 崇(たかし)(16)…ゲームが好きなインドア派。ITに強い。
・高沢(たかざわ) 瑛人(えいと)(17)…金髪ロック少年。不良に見えるがアルバイトで学費を稼ぐ勤労学生。
ストーリー
『クラスで友達ができないんです』
SNSで呟けば、たくさんの人が好意を示すアイコン「イイネ」を押してくれる。
励ましてくれる人、自分もそうだと同情する人、中にはコメント機能を使って助言をくれたり、そんなことじゃダメだと叱咤されたりもする。
どんな形であれ、誰かと繋がっていることは嬉しかった。似た境遇の仲間が集まって、私、森山(もりやま)あかりのアカウントのフォロワー数は伸び続けている。人間関係で悩んでいる人は、存外に多いらしい。クラスでは、ひとりなのに。
目の前にいる人と話したい、仲良くなりたいという思いは常にある。けれど、教室にいると緊張して、頭の中が真っ白になってしまう。
『あの人は、ひとりでいたい人だから』
そんなレッテルを張られたまま、長く苦しかった高校一年次が終わろうとしていた。
「あかり、学校は楽しい?」
こたつに入ってぼんやりしていたあかりに、母がうかがうように言った。
「え? あ、うん……。楽しいよ!」
暗い顔をしていただろうか。慌てて口角を上げ、笑顔を作った。
あかりは、家では「できる子」を装っている。友達に囲まれ、順風満帆の学校生活を送っているのだと。本当は真逆だけれど ― 女手ひとつで育ててもらい、無理をして私立高校に行かせてもらったのに、心配をかけるわけにはいかない。
けれど日に日に心は追い詰められている。気持ちが塞ぎ、体調に影響を及ぼすことも増えていた。このままじゃダメだと思う。でも、突破口は見つからない。
対して、ご機嫌な様子の母は安心したように頷くと、ワクワクとした仕草で一枚のチラシを差し出した。
「これね、町内会で勧められたんだけど……今年の夏に岐阜駅周辺で大きなイベントをやるんだって」
一緒に行こうと誘われているのだろうと、安易な気持ちでチラシを受け取る。
「高校生が企画運営する、街おこしイベント……の、委員募集!?」
催しの宣伝ではなく実行委員会のメンバーを募る内容に、思わず語尾が跳ね上がった。
「楽しそうじゃない、やってみたらどう?」
そんなおっとりとした風で、期待のにじむ声で言われても。
「実はもう、やりますって言っちゃったの。町内会長さんにあなたのこと褒められて、嬉しくなっちゃって。大丈夫よね、あかりはがんばり屋さんだし!」
「は……ええっ!?」
自分を偽ってきたことの弊害が、まさかこんな形でのしかかってくるなんて ―。
あかりは、絶句するしかなかった。
◇
あかりの住む街、岐阜市は青少年の育成に力を入れている。
『高校生らしい若さとパワーで夏フェスを開催し、地元を盛り上げよう!』だなんて、そんな陽キャラ向けのイベント、日陰の身には荷が重すぎやしませんか。
とはいえ、いちど申し込んだものを取り消す勇気も出ないまま、時は過ぎていき……。
かくして実行委員会の初会合は、3月某日、商工会議所会議室にて開かれた。
ドキドキしながら会場に入ると、すでに多くの若者たちが集い、パイプ椅子に腰かけて主催者の到着を待っている。募集に応じた岐阜市内外の高校生が五十名以上。ここにいる人々は皆、積極的に手を上げたのだろうか。
自分が場違いとしか思えず、こそこそと隅のほうの空いている席に腰かける。すると、
「ね、隣、空いてる?」
女性の声がして、はっと顔を向ける。スカート丈の短い女の子が、そばに立っていた。
こちらの返事も待たずに隣の椅子に陣取った彼女を見て、たちまち面食らう。同じ年ごろの高校生……だと思うのだが、なんと顔にばっちりメイクを施し、完全武装を決めている。
「あたしは原島(はらしま)千鶴(ちづる)。すぐそこの商業高校に通ってて、来月から二年生になるけど、あなたは?」
「も、森山あかりです。学校は違うけど、学年は同じ……」
「タメじゃん、良かった! あかりちゃんね。女の子同士、仲良くしよ!」
堂々として、物おじしない。自分から話しかけて友達を作っていくタイプの人だ。
こういう人が身近にいてくれたらと思っていると、前方の扉が開いて、大人の男女が数名、会議室に姿を見せた。
(あぁ、もう引き返せない……)
主催者の挨拶から始まり、議題が進んでいく。目標ははっきりしているから、あとはこのメンバーで走り出すだけといった雰囲気だ。
初回の今日は、まず顔合わせとチーム分けを行うとのこと。自己紹介が始まり、自分の番も回ってくる。緊張はしたが、どうにかこなすことができた。ここは「教室」ではないから、自然でいられたのかもしれない。
あかりは商店街の出店を管轄する「飲食チーム」に配属された。千鶴と同じチームになることができて、ひとまず心強い。
他にもさぞ優秀な人材が集まっているのだろうと思いきや ― 六名ずつのグループに分かれ、机を囲んだメンバーは、実に個性的だった。
中でも悪目立ちしている金髪男子、一歳年上の高沢(たかざわ)瑛人(えいと)はあくびばかりしている。
同い年だがどこか怯えた風の相川(あいかわ)崇(たかし)は、ずっと下を向いて居心地悪そうにしているし……。
ほかに一学年下の男子と女子も参加していたが、遠慮しているのか神妙な顔つきで声を潜めている。
事情はさまざまなのだろうが、癖の強いメンバーに当惑するしかない。
「ね、あっちのグループの先輩、かっこよくない?」
話し合いそっちのけで千鶴が囁くのは、自己紹介のときから異彩を放っていた水野(みずの)秀一(しゅういち)のことだ。学年はひとつ上、どう見ても優等生。
容姿がどうという視点では見ていなかったので返事に困っていると、
「あたし、出会いを求めて参加したからさ~。チーム別れちゃって残念……」
(で、出会い目的!?)
それもひとつの生き様ととらえつつも、二の句が継げない。
全体の委員会は隔月に一度開かれ、そこで進捗を確認し合う。その合間はチームごとに集まり、独自に動いていくことになっていた。
(こんなメンバーで大丈夫なのかな……)
「チームリーダーを決めて、報告してください」
進行をサポートしてくれている大人の男性から指示があり、シーンと沈黙が走った。
立候補がないならくじ引きで、とあみだくじ方式を採用し、
(う、嘘でしょ!?)
あかりは見事に大役を引き当ててしまった。
半泣き状態で会合は終了。大きな不安を抱いたまま、活動はスタートした。
◇
目指す本番 ― 八月に開催する複合イベントは、実に大々的なものだ。
岐阜駅周辺エリアでは、日本最大級の規模のコスプレイベント。
金公園エリアでは、若者向けの音楽・アートの祭典で芸術面から盛り上げる。
柳ヶ瀬エリアではフリーマーケット・ワークショップを計画。
つかさのまちエリアでは「家族で取り組む」をテーマに、伝統を取り入れた体験教室など、ファミリー向けのさまざまな催しが企画されている。
あかりたちが受け持つのは、岐阜駅と金公園を繋ぐメイン通りである玉宮エリア。地元の飲み屋街として幅広い世代から人気の商店街で、他エリア周遊の足掛かりとなるメイン通りだ。
ゆくゆくは協賛出店してくれる店舗を募り、アーケードの装飾、衛生面や防犯、集客の仕組み等を考え、整えていく必要がある。
メンバーの連絡先を交換し、次の委員会までに細かい打ち合わせを重ね、動いていくことになった。
四月に入り、あかりは二年に進級したが、新しいクラスにも結局、馴染めていない。教室という環境がトラウマになっていて、同じ状況に陥ってしまうのだ。
それでも案外、チームリーダーになってしまった実行委員の仕事のほうで考えることが多いせいか、悲観的な気持ちは薄れている。
しかし、何度目かのチームミーティングを終えても、委員の足並みは揃わなかった。
『用事と重なっちゃった、今日行けないや。ごめん~! 千鶴』
『体調が悪いので休ませてください。すみません。相川』
久々の活動日だというのに、次々と入る欠席連絡に、暗澹(あんたん)たる気分になっていく。
(高沢先輩に至っては連絡もないけど、寝坊かな……)
外せない所用や体調不良は仕方のないことだが、それにしても集まりが悪い。
とにかくやるべきことをやらねばと、集まった数名で行動を起こすことにした。今日は店舗への挨拶と、協賛のお願いに上がることになっている。来てくれた子は自分よりも年下だから、あかりが率先して動かねばという意識はあった。
「はい、いらっしゃい!」
「あの……お電話でご連絡させていただいた、夏フェスの実行委員の者ですが……」
「え? ああ、なんだっけ。手短にしてよ、忙しいから」
強面の店主を前に緊張が高まり、資料を持つ手が震え出す。声が出なくなってしまい、別のメンバーが説明を代わってくれたが、結果は散々だった。
不景気を理由にいくつかの店舗から参加を渋られてしまい、肩を落とす。原因はそれだけではなく、準備不足でろくな説明ができなかったせいだと思われた。
「やるだけやりましたよ、仕方ないです」
一年生から慰められて、気を取り直す。そう、自分なりには精一杯がんばったのだ。
でも、本当にそうだろうか ―。
定期に開かれる全体の委員会。いつもの会議室でチームごとの進捗を報告し合った。
「ちょっと、考えが甘いんじゃないか?」
厳しい視線を向けてくるのは、三年生の水野秀一。彼は運営全般を取り仕切る中心メンバーに所属しながら、ファミリーエリアも統括している。
涼しい目つきに大人びた雰囲気のせいか、なんだか説教を受けている気分だ。
「す、すみません……。でも、興味がないと言われるのを、無理にお願いすることはできないし……」
「ちゃんと説明した? 誠意をもって、イベントの趣旨やメリットを。執行部は、絶対に賛同してもらえるだけの企画案を用意したはずだけれど」
ぐうの音も出ない。ろくな営業も説明もできなかった自覚はあるのだ。
「君たちは、どんなつもりで、この実行委員会に参加したの?」
丁寧だけど鋭い言葉が、胸に突き刺さっていた。
次にチームで集まったとき、話題は秀一の物言いに対する不満、一色だった。
「あいつ、偉そうだよな、マジで」
と憤る高沢。
「秀一様、怖かったわ……」
と、ちょっとげんなりしているのは千鶴だ。
けれど秀一は、間違ったことは言っていない。全体会で叱られたあと、彼は廊下の先まであかりを追いかけてきて、言い過ぎたと謝ってくれたのだ。
秀一は、立ち話の中で、自らのイベントにかける思いを語ってくれた。
『私事だけど……うちの両親、僕が高校を卒業したら離婚するんだ。そう深刻な話でもなくて、各々やりたいことが違うから、別々の道を歩むってことらしいんだけど』
シャープな目つきは、少し穏やかに細められていた。気にしていない風に笑っていたけれど、声はどこか寂しげに聞こえて。
『僕はまだ、父母のどちらについていくか決めていないけど……どう転んでも家族だったことに変わりはないから。ひとつでも大きな思い出を残せたらって思ってる』
あのときの会話を、あかりは何度も反芻して ― 無責任だった自分を恥ずかしく思った。
そして今日、チームの皆に会ったら、自分の思いを伝えようと決意して臨んでいた。
「皆、私の話、聞いてもらえますか……?」
あかりは、本当の自分の姿、抱えている悩みを正直に打ち明けた。
それから、この活動には母に期待されて断れず、嫌々参加したこと。けれどいつしか夢中になっていて、今ではイベントを成功させ、自分を変えるきっかけにしたいと思っていることも ―。
「緊張症って……あかりちゃん、雰囲気柔らかくて、すごく話しやすいのに?」
千鶴が、驚いた顔で呟く。
「それは、千鶴ちゃんが気さくに話しかけてくれたから……。本当の私は、友達がいなくて、鈍くさくて、リーダーなんてやれる器じゃなくて……」
「そんなことないよ。チームのまとめ役を一生懸命してくれてたこと、皆わかってる。今までちゃんと協力できてなかったよね。ごめん……」
まさか謝られるなんて思っていなかった。ちょっと見た目は派手だけど、千鶴はいい人だ。
「それにさ、友達いないってどういうこと? あたしたち、もう友達じゃん」
手を取られて、ぐっと胸が詰まった。
いつもの緊張からくる息苦しさではない。もっと別の温かいものが、心に満ちている。
やがて、それぞれが活動に参加したきっかけを、順番に語りはじめた。
「あたしの参加理由なんて、もっといい加減だよ? 友達が彼氏持ちで、自分だけいなかったから悔しくて……外でいい男見つけてやろうって。でも、今のあたしじゃダメだよね。もっといい女にならないと」
照れたように笑う千鶴を、あかりは心から可愛いと思った。きっとすぐに素敵な彼氏を捕まえることだろう。
いつも眠そうで、やる気がなさそうに見える高沢が、金髪の頭を掻きながら言う。
「俺は……実は趣味でバンド組んでて、本当は音フェスのほうに入りたかったんだ。だけど学費稼ぐのに新聞配達のバイトしてっから、昼間は眠くて……。うとうとしてるうちに飲食チームにされて、腐ってたっつーか。なんかカッコ悪いよな。すまん」
高沢が次へと視線を流し、その先にいた相川が、ぴゃっと竦み上がった。
「ぼ、僕も、本当はこういうの苦手で……。家でゲームしていたいのに、親に無理やり参加させられて、どうしようって……。だけど、僕にできることがあるなら、やってみたい。僕も……力になりたい」
ぱちぱち、と小さな拍手が沸いた。年下なのに、あかりたちよりもずっとしっかりしている一年生からのエールだ。
きっと、ここからが本当のスタートになる。あかりは、胸の内から湧き出る言葉をはっきりと宣言した。
「最後までやり遂げよう! 皆の力で」
一致団結し、ファミレスのドリンクバーで、改めて決起会を行った。
それから資料を読み込みなおし、営業トークの練習をし合う。
協賛してくれたお店には、商店街マップで大きく紹介し、誘導効果のあるクーポンを掲載することになっている。そうしたメリットを強くPRしていこうと、過去に回った店も含めて一軒一軒、丁寧に訪問をしなおした。
「良かったら、SNSで宣伝もさせていただきたいんですが……」
「そういうのよくわからないんだよね。っていうか、君ら教えてくれる?」
「はい、ぜひ!」
人と話すことが怖かったのに、少しずつ克服している実感がある。目を逸らすことは失礼になるとわかったし、相手が笑顔になるのを見ると嬉しくなった。
協賛を決めてくれた店舗から他店を紹介してもらったりもして、最終的には百パーセントの実績を上げることができた。
初めての達成感に包まれて ― 学校生活との両立で、泥のように疲れて眠る日が続いても、イベントの成功を確信していた。
◇
本番へのカウントダウンは、あっという間に数を減らしていく。毎週のように集まって、夏休みに入ってからはほぼ毎日、連絡を取り合った。
装飾関係は、おしゃれ感のある千鶴と高沢が主導してくれる。広報に出す写真やホームページ用の素材は、ITに詳しい相川が活躍してくれた。
あらかたの準備が整って、あとは一週間後の開催を待つばかりとなったある日。
まさかのトラブルに見舞われることになった。
「マジかよ……」
「ひどい……」
八月中旬、大型台風が襲来し、当地域に直撃はしなかったものの、長雨による大きな被害をもたらしたのだ。
人的被害はなかったが、玉宮エリアではすでにセットを終えていた商店街の看板、のぼりや装飾が、暴風雨によるダメージを受けてしまった。
皮肉にも台風一過で晴れた空の下、照らし出された街中では、あらゆるものが萎れてよれよれになっている。そんな惨状を前に、チームの面々はショックを隠せない。
「嘘でしょ……」
「自然災害だけは防ぎようがないけれど、どうしてこのタイミングで……」
落ち込んでいる暇はない。手分けして修復に走ったが、当初の半分も見映えを取り戻すことができなかった。
「買い直せるものは発注をかけてるけど、間に合うかどうか……」
「お店の人も、お客さんも、がっかりさせちゃう……」
諦めたくはない。なにかいい案はないだろうか。
(どうしよう……皆の笑顔が曇ったままなんて、そんなの嫌だ)
頭を絞って、悩んでいると ―。
「森山さん」
後ろから声をかけられて、振り返る。水野秀一が立っていた。
心配して駆けつけてくれたらしい。他のエリアも同様に被害を受けていたが、大事な機材や品物は未搬入だったため、影響は少なかったのだと。
それを聞いて安心するとともに、自分たちのエリアも最高の状態で提供したかったと、悔しさが募る。
「落ち込まないで。皆で手分けして動こう」
各エリアからも助っ人を出してくれるらしい。秀一が手配してくれたのかと尋ねたが、すべて自発的な行動だという。
「本気で取り組んできたこと、ひと目見ればわかるよ。すごくがんばったね」
あかりは唇を噛みしめ、うなずいた。自分ひとりの力ではない。皆の努力のおかげだ。短期間だけど、家族のように絆を深めた仲間たちの ―。
「……家族……!」
ひとつ、閃いたことがあった。
「あの、水野先輩。相談なんですが……」
あかりは秀一に向き直り、説明を始めた。
◇
迎えたイベント当日。快晴の中、軽快なBGMが鳴り渡る。
満を持して、夏フェスは開催された。五つのエリアにまたがる個性的なビッグイベントに、岐阜市内外から大勢の人が見物に訪れている。
「商店街マップをどうぞ! 美味しいもの、たくさんあります!」
玉宮の商店街も大盛況。友人同士、夫婦、親子、カップル……さまざまな客が、あかりたちの手からマップを受け取り、目移りしながら練り歩いていく。
「わぁ、装飾が綺麗ねぇ」
「うん、モダンで素敵。あの和傘、欲しいなぁ」
そんな声が聞こえてきて、あかりは思わず、小さなガッツポーズをとる。
玉宮通りの装飾には、岐阜の伝統素材による演出を加えていた。
ポイントとして配置したのは、岐阜提灯や岐阜和傘、くるみボタンに使われる美しい絵柄の布地など ― ファミリーエリア、ワークショップエリアの担当者を通じ、パートナー企業に協力を仰いで用意してもらった品々だ。
このアイディアは、秀一が進めていた催しのひとつ「岐阜提灯の絵付け体験」から着想を得てのことだった。サンプル品や廃材があれば使わせてもらいたいという無理なお願いに、快く応じてくれた企業には感謝しかない。
贅沢な使い方をしてしまった和の飾りは優美で珍しく、来客の目を引いている。エリア間を周遊する橋渡しにもなるかもしれない。
炎天下で体力は削られていたが、気持ちは充実し、声かけにも力が入った。
「森山さん、お疲れ様」
見回りをしていた秀一が、爽やかに声をかけてきた。
「水野先輩、お疲れ様です!」
「大賑わいだね。うまくいってよかった」
「先輩のおかげです。的確な指示と迅速な対応をしてくれたから」
「いや、森山さんのおかげだよ。……ありがとう。君がいてくれてよかった」
噛みしめるように言われて、心がじんとする。自分も役に立てたのだろうか。少しは、変われただろうか。
「先輩のご両親も、今日は来られているんですか?」
「うん、さっきアートエリアのほうで会ったよ。ああして見ると、離婚する夫婦とは思えないんだけど……こっちの気も知らずにさ」
苦笑を浮かべた彼は、どこかふっきれたような顔をしていた。
「あかりちゃん、交代するから休憩入っていいよ~」
メイクも乗って気合い十分の千鶴が、はきはきと声をかけてくれる。
秀一も、仕事に戻ると言って、ひとまずその場は別れた。
あとで互いの休憩時間が合えば、一緒に見て回れることも……あったらいいな、なんて。
ほんのり頬を赤くしていると、人混みの中に、同級生の顔を見つけた。あかりと同じクラスに通う女子だ。友人と連れ立って、こちらへ向かってくる。
どうしよう。マップを渡したい。― 話してみたい。
足はなかなか動かない。けれどうつむかずにいると、ぱちりと目が合った。思い切って会釈をすると、小さく手を振り返してくれる。
心躍る気持ちで、あかりは前へと駆けだした。
(おわり)